斜めに傾いた直径二メートル近くの釜が回転するたび、内側の斜面を滑り落ちる黄色のコンペイトー。ザーッ、ザーッと浜辺に押し寄せる波のような音を響かせる。グラニュー糖を溶かした蜜を加えながら高温の釜で熱する作業を繰り返すと、徐々に粒が大きくなり、独特のとげが伸びていく。
春日井製菓(名古屋市西区)で四十年間、職人として働く御手洗和彦さん(58)は「育てていく感覚が楽しい」と“甘い宝石”の成長を優しく見守った。
室町時代にポルトガルから日本に伝わったとされるコンペイトーは手間の掛かる砂糖菓子だ。完成までに最も小さな商品サイズの直径一センチ弱で二週間余り、一・五センチでは三週間以上かかる。工場では約二百平方メートルの作業場に三十台の釜が並び、育ったものから一日一トン以上を出荷する。
現場では機械化が進み、昔はひしゃくで蜜を掛けていた作業は自動化された。釜の温度も瞬時に測定できる。だが、蜜を掛けすぎると白く濁ってしまうなど、今も職人の五感が仕上がりを決める。とげを作るには釜の回転角度と温度、蜜の量の微調整が重要。御手洗さんは「三つがうまくいって初めてきれいな角ができる」と語る。粒をすくったカリカリという音だけで乾き具合も分かる。
手間の掛かるコンペイトーだが、同じように蜜を固めたあめ「ちゃいなマーブル」や「ゼリービンズ」と合わせて、売上高は会社全体の一割ほど。主力のキャンディー類などは一日で完成する商品も多い中、それでも作り続けるのはファンの期待に応えるためだ。
「学校から帰ると、大好きなコンペイトーを四粒食べて勉強します」。工場の壁には茨城県の小学生が送ってくれた手紙が張ってある。
ちゃいなマーブルには岡山県のブドウ農家の男性からメールが届いた。固くて普通のあめより長持ちするため夏場の過酷な作業中になめるのに適していて、男性の父親は三十年以上、愛用しているという。「変わらぬ味と品質を愛し続けている消費者のために、おいしいお菓子を作り続けてください」とつづっていた。
春日井製菓はスーパーなどに流通するコンペイトーで全国シェアの85%を占める。これは効率の悪い商品の生産をやめたメーカーが多いことの裏返しだ。同時に、市場へ供給する責任が大きいことも意味する。
現在、コンペイトー担当の職人は四人。御手洗さんら二人は五十代後半で、数年で定年を迎える。三十~四十代の残り二人は他部署から異動してきたなどで経験が浅い。下の世代への技術の伝承は喫緊の課題となっている。手順書は存在するが、職人の目や耳が長年培ったノウハウを伝えるのは簡単ではない。工場長の谷口茂さん(46)は「これだけは自動化できない。教わりながら実践していくしかない」と漏らす。
機械に任せられない技をいかに次世代につなぐか。その行方がコンペイトーをはじめ、こだわりの駄菓子の未来を左右する。
アールエイチ産業医事務所
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